Syncdoor かまくらの人たちの話を聞こう Vol.6(前編)

2016年9月7日 @ノキノシタ

Guest

とまそんさん(ミュージシャン/小川コータ&とまそん)・

林彩子さん(陶芸家/At Home Works主宰)

隣に住む人の話をきこう。
私たちのいる鎌倉には、いろいろな活動をやっている人たちがいます。
身近にいる人たちがどんな想いで、どんなことをやっているのか。
鎌倉で活動する人たちの話を聞く公開インタビューイベントの6回目(前編)です。

 

渋谷ひでみ)皆さまこんにちは。本日インタビュアーを務める渋谷ひでみです。(以下、ひ)
普段は主人と2人でStudio Syncrollという設計事務所をやっています。本日の会場のノキノシタをとまそん・林彩子ご夫妻と一緒に運営もしています。お二人とは縁あって色々なことをご一緒しているのですが、改めてお話を聞いてみる場を設けさせていただきました。
まずはお二人が今の仕事に興味を持ったきっかけや、仕事にした経緯を教えてください。

 

とまそん)ミュージシャンのとまそんです。(以下、と)
中学・高校と友達とバンドを組んでいたのが音楽を始めたきっかけです。でも当時は音楽を仕事にするつもりは全然なくて、遊びでやっていました。
その後20歳くらいまではバイトをする毎日だったんですが、23歳の時にたまたま1か月くらい時間があって、’今しかできないことをしてやろう‘と東京から沖縄まで自転車で行くことにチャレンジしたんです。
道中、数メートル先に雷が落ちたり、街灯ひとつ無い山道で肩スレスレの所をトラックが走り抜けていったり、本当に死ぬかもしれないということが何度もありました。
そんな経験をして帰ってきて、こんなに大変な事があってもなんとか生きていけるし「やっぱりやりたいことをやったほうがいいな」と思ったんです。それで「音楽をやろう」と。
なので自転車で旅行をしていなかったら仕事にしていなかったと思います。
そのあとオトナモードというバンドに加入して、数年後にビクターレコードからメジャーデビューしました。

 

林彩子)At Home Worksを主宰している陶芸家の林彩子です。(以下、彩)
私も初めから’陶芸家になりたい!’とは思っていませんでした。
高校を卒業したあたりから、何か自分の手で作ることがしたいと思っていたところ、たまたま雑誌である女性陶芸家さんが特集されていたんです。絵が立体になったみたいな作品を見て、こういう表現も出来るんだって陶芸に興味を持ちました。

それから毎日陶芸教室に通い詰めて、その陶芸教室の先生のところに半住み込みで陶芸を習いました。その後吉祥寺の陶芸教室で講師を10年間務めました。その間も「独立したいんだよね」と周りの人にも言っていました。
それでご縁があったのと結婚を機に、こちらに2010年にアトリエをオープンしました。

ー“こたとま”のはじまり

 

ひ)それではとまそんさんからお話をうかがっていきます。今や鎌倉では知らない人はいないくらい「小川コータ&とまそん」は人気ですが、オトナモードやShe Her Her Hersのバンドとも違う活動をしている通称”こたとま“の生まれた経緯を教えてください。

 

と)オトナモードでは、インディーズでCDを数枚出してメジャーレーベルと契約して、ツアーをして、幸運な事にいわゆるバンドの王道を経験させてもらいました。活動を重ねていく内に「自分らしくいたいから、やりたいことをやろう」と思って音楽の世界に飛び込んだけど、いつの間にか窮屈になってきてしまっていることにも気づきました。
自分らしく身の丈にあった事ってなんだろうと考えた時に、今までの経験を生かしつつ、自分の生まれ育った鎌倉で出来る事はないかなと考えるようになりました。
ちょうどその頃にコータさんと出会い、鎌倉で鎌倉の事を鎌倉の人に向けて歌う、地産地消の音楽スタイルが出来上がっていきました。

 

ひ)コータさんと一緒にやろうと思ったのはなぜですか?

 

と)コータさんは、単純に曲がいいなと思ったのと、弁理士のかたわらで音楽をやっていて音楽業界にどっぷり入っていないからこそ、自分の思いもよらない発想を持っていたり、自分の常識を壊してくれるのが面白いと思ったんです。一方で、プロとしての活動で得た経験をバランス良く織り交ぜられれば、面白い組み合わせになれると思って一緒にやることになりました。
なので、どちらかが意見を主張する時は、お互いの特徴を活かし合うようにバランスをとりながらやっています。アマチュアっぽく親近感もあるけど「音楽はちゃんとしている」ことが大切だと思っています。その気持ちを忘れずに”こたとま”の音楽を作っています。

 

ー今後の目標

 

ひ)鎌倉にはミュージシャンがたくさんいるけど、’親しみやすいけどちゃんとやる’という”こたとま”のスタンスが地元愛の強い鎌倉という地域に合ったんでしょうね。北鎌フェスを開催したり、活動の幅がどんどん広がっていると思うのですが、今後のことを少し教えてください。メジャーを目指しているのか、鎌倉の地域に深く深く入り込んでいくことを目指しているのか、など何か目標はありますか?

 

と)もちろんメジャーにはなりたいし、深くも行きたいけれど。まずは「鎌倉といえば小川コータ&とまそん」と全国の人に言って貰えるようになりたい。自分でも面白いことやれているなって思うし、他の街でも似たような人がいたら会ってみたい。みんなやったらいいのにと思うからこそ、自分たちが全国区になってフォロワーが出て来て、みんなが違うんだよという良さが見えてきたら面白い。

 

みんな売れたいからポップスを作るけど、たくさんの人が共感するものを作ろうとすると、愛とか家族とかテーマが似てきちゃう。地元を深く掘っていくと、そんな場所や地域もあるんだってそれぞれの地元の個性が見えてきて、みんなが楽しめるんじゃないかと思います。地元を個性と思って、その火付け役になるのが目標です。

ーAt Home Worksのはじまり

 

ひ)続いて彩子さんに聞いていきます。At Home Worksという名前が生まれたのは、アトリエを構えてからですか?

 

彩)はい。それまでも作品を作っていたし展示もしていたけれど「陶芸家です」とは恥ずかしくて名乗れなくて。自分の城を作って何もかも自分の責任でやって初めて「陶芸家です」と言えるようになりました。

 

ひ)お話を聞いているとアトリエを構えたことが転機になった印象を受けるのですが、この場所を選んだ理由は?

 

彩)「私独立したいんです」「場所を探しているんです」と、とにかくいろんな人に言っていました。それがすごく大事だと思っていて。「私こうなりたいんです、だから力を貸してください」と言うのが実現の近道だと思うんです。そうしたら、ご縁があって、知り合いの方が紹介してくださって。
何よりお庭が広くて窯が置けるのが決め手でした。決まってからはとまそんと毎日のように来て、鉄パイプを切ったり、屋根の上に登って釘を打ったり。大変だったけれど、一番大切な最初の創世期をとまそんと全部一緒にやれたのがとても大きな財産になりました。

 

ひ)At Home Worksという屋号や「日常使いできるアートを」というコンセプトが生まれたのもその頃ですか?

 

彩)自分の家から生み出すもの、というイメージでAt Home Worksという名前にしました。ただ、「日常使いできるアートを」というテーマが生まれたのは最近です。

 

と)言葉として使うようになったのは最近だけど、出会った頃からそういう作品を作っていたよね。

 

彩)陶芸って毎日使えるところが魅力だと思っていて。

個展をやった時に私のことを何も知らない方が、最初は小皿のような小さな作品を勇気を持って買ってくださるんですよね。それでも毎日使っているうちに’やっぱりいいな’’今日はあれを盛ろうかな’’写真を撮ってみようかな’と毎日毎日何かを感じて。そういう日々の気持ちが積み重なって、次の個展でカップを買ってくださったり、作品を集めてくださる方がすごく多くて。使うことによって心の中に何か変化が起こることがアートだなと思ったのを、「日常使いできるアートを」という言葉に込めました。

 

ーパワーアップの原動力

 

 

ひ)今ではAt Home Worksはアシスタントさんがたくさんいらっしゃいますが最初の頃は一人でやられていたんですか?

 

彩)最初は一人でやっていました。でも作るのが間に合わなくて断らざるを得なかったり、チャンスを逃すことがあったんです。一人でやっていたらそれが当たり前だと思っていました。そうしたらとまそんが「もったいないことをしている」と。「自分に置き換えると、100人お客さんを呼べるのに20人しか入らないライブ会場で俺がライブをやっていたら、彩ちゃんもったいないって言うでしょ?」って。

 

陶芸って、裏を擦るとか板を洗うとか、意外と雑務があるんです。「そういう作業を誰かにお願いして、作ることに集中する環境を作った方がいいんじゃない?」って。でも私は、「いやいや、無名の私には来ないよ」「いや、とにかく募集しなよ」「いや来ないよ」というやり取りの末、勇気を振りしぼって募集したんです。
そうしたら、かなりたくさんの方が興味ありますと連絡を下さったんです。その時応募してくださった中で一番長い方が6年目に入ります。

 

と)アシスタントさんを募集するか迷っている時に、お金が払えないことを気にしていたんです。だけど、彩子には他の人に教えられるだけの技術や経験があるんだから、それを提供する代わりに作業を手伝ってもらったらいいんじゃないの、と言って説得しました。

 

彩)そのおかげで、今やアシスタントさんがいないと何も進まないという(笑)

 

ひ)毎日お子さんを連れてきて、アシスタントさんに見ていただきながら仕事をされているんですよね。私はそのやり方を知ってびっくりしました。そして、産休明けから展示会も途切れていないし、「旅する器」という新しい企画も動いていて、産後の方がパワーアップしているように感じます。

 

彩)パワーアップしたと思います。

まず、産休に入る前にアシスタントさんに意志確認したんです。「産まれてくる人の性格や体調によっては復帰まで時間がかかるかもしれないけれど、どうする?」って。そうしたらほとんどの方が’楽しみに待っている’と言ってくださって。それなら、と、とまそんがまたアイデアをくれたんです。「産休の時間ただ休んでいるのはもったいないから、今まで目先の作品を作ることで精一杯で出来なかったことを詰めておけば良いんじゃないの」と。そこでアシスタントさんとまた会議をしたんです。何ができると思う?って。

そうしたら「WEBサイトをもう少しきちんとしたい」「手に取っただけである程度の情報がわかる冊子が欲しい」「良いカメラマンに入ってもらって良い写真が欲しい」「デザインは?予算は?」「WEBのこと調べておきます」「編集やります」という風に”産休明けドカンと行こうぜ計画”みたいなのがどんどん進んだので、私の中でも産休明けの方が勢いがつくぞ、というのが分かっていました。

女性作家さんは特に子どもを産んだら縮小傾向になることが多いんですけど、そうならず、「あそこすごいね」って言われる存在になりたいね、ってみんなが言ってくれて今があります。

 

後編につづく。こちらからどうぞ。